皮膚と運動
H.S.S.R.プログラムス 主宰 魚住 廣信
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昨年発刊された Sportsmedicine 2010.No.126.を読んでから皮膚に興味
を持ち、皮膚に関していろんな本を探して読みました。その結果、これま
で見逃されてきた皮膚の大きな役割、すなわち皮膚を扱うことでいろんな
効果が得られるということが解りました。私たちは、これまで皮膚の下の
筋肉ばかりに目が行っていたと思います。しかし、皮膚は我々の身体の最
も表面にある優れた感覚受容器なのです。わざわざその下にある見えない
筋肉の固有受容器を刺激することを考えなくても、見える触れることので
きる皮膚を扱うだけでいろんな効果を期待できることが解りました。事実、
これまで皮膚に関してあまり突っ込んだ研究もされていなかったようです
が、これから皮膚の研究が進むにつれて、体の表面を触るだけでいろんな
ことが起こることが発見されそうで、非常に楽しみにしています。
皮膚に興味を持つ入門編として、ぜひ上記の雑誌を読まれることをお勧
めします。また、中で紹介されている著書も大いに役立つものです。今回
は、上記の雑誌から抜粋して紹介したいと思います。
『「皮膚運動学」に示されている図をみていて、筋肉が収縮するとき皮膚
はその反対の方向に動くというのは、動く量としてはそれほど大きくない
のではないかと。
福井:そうなんです。物理的にはあまり大きく動いてはいない。筋収縮を
邪魔しないようにしている程度のようにも感じられます。皮膚が皺をつく
る本を調べていたら、緊張線というのが参考になりました。「クリニカル
マッサージ」に、ランゲルラインという線が出てきます。これも緊張線な
のですが。Wrinkle lineという概念や、図4はRSTL(relaxed skin t-
ension line)というもので、皮膚にかかった緊張を緩めた肢位でもっと
緊張が掛かっている方向を示しています。Borgesは、皮膚を局所的につま
んでできる皺を観察してRSTLの走行を調べました。つまり、つまんだ
皺と皺の間が平行になればRSTL、平行にならなければRSTLではな
いとしています。緊張線に合わないと皺の走行がS字になってしまう。形
成外科手術時の皮切方向に関係し、術後の手術痕に負荷をかけないよう方
向を考慮しているということです。とくに美容的配慮から重要なことです
が、なぜこの方向にメスを入れないと手術痕がきたなくなるかということ
が緊張線との関係から言えるということです。
−緊張線を横断しないようにする。
福井:そういうことですね。緊張線を横切る方向にメスが入ると広がって
しまう。それで手術痕が綺麗にならない原因だろうということです。かな
り古い話ですが、遺体に直径2mmの穴を全身に開けたような実験があって、
その場合でも円が楕円になっていくというのです。要は長径になるほうに
引っ張られているのだろうと。それを全身で調べたのがランゲルラインら
しいのです。
−それはまたすごい研究。
福井:それから変遷があって、今の話はご遺体での研究ですが、生体にメ
スを入れたとき瘢痕が大きくなりすぎてしまうということがあります。今
でもある種の手術では、手術の特牲から緊張線と皮切方向が異なり創部が
広がりやすい手術もあるように感じます。もちろん皮膚のみのことを考え
た場合の話ですが、いずれにしても皮切の方向があるのだろうというのが
こういう一連の研究です。
もう1つRSTLというのは、relaxed skin tension lineであって文
字通りリラックスしているときの寄せたときに皺が横に一番広がるもので
す。その方向には緊張が強いということで、私たちの仕事にも使える概念
だと考えるようになりました。たとえば、前腕を回外させると、前腕屈筋
側の皮膚は、橈側のほうが末梢方向へ引かれます。緊張線を調べてみると
そうなっています。しかしながら回内位では逆に尺側の皮膚が末梢方向へ
移動するのです。指二本で形作るものがRSTLなのですが、回内位と回
外位ではこのように方向が異なる。皮膚の緊張線が肢位によって異なると
いうことのようなのです。リラックスしているときの皮膚の緊張線がRS
TLなのですが、関節可動域の最終域ではとくにその緊張線の方向が異な
り、さらにはその緊張線自体が運動を止めているように考えられる。
−うーん。なんともはやという感じですね。
福井:で、これは臨床に使えるなという実感があったのは、先ほど足底に
テーピングを貼った例ですが、あれで立っている人の姿勢が変わるからな
のです。外側から内側方向への簡単なテープを張るだけで、骨盤の外方移
動が止まり、反対側へ動く、さらに片脚立ちだと移動が止まるために骨盤
の位置が下方移動し、安定します。こんな微力なテープなので皮膚が物理
的に移動するだけで変化するというのはとても考えにくい。しかし、誰で
やってみてもみなさん同様の変化が起こるというのは事実なので、その理
由を解明したいと思っています。たぶん皮膚というのはまず外胚葉由来で
あるため、他の臓器と少し異なることがある。皮膚自体が判断し反応して
いるということは傳田光洋氏の「第三の脳」(朝日出版杜)や「賢い皮膚」
(ちくま新書)などの書物にも書かれています。そのため何らかのリセプ
ターからの求心性の信号があるのはたぶん間違いがないだろうと思うので
すが、その経路などについて、いずれ明らかにしなければいけないと思っ
ています。』
『−動きが変わるということのほかに、たとえば痛みが軽減するとかとい
うこともある?
福井:あります。私も頚部周辺の不定愁訴を有する患者さん、たとえば手
が痺れるとか、そういう人に皮膚へのアプローチを行い始めたのですが、
よい結果が得られています。それは実感としてあるのですが、まだ根拠は
おみせできない。
−それはどういうふうにする?
福井:皮膚の他動的な移動時の左右差などを評価しています。ある部位の
左右差があるということは、皮膚はどうしてもつながっているから何らか
のバイアスが左右どちらかに行ってというように、いろいろな治療方法で、
同じようなことが言われていると思うのですが、そういうことは皮膚にも
当然あるんだろうなと思います。もともと皮膚には溝と丘があり、高齢に
なると手でも皺がたくさん生じてきます。その皺が寄る方向が運動方向に
よって異なる。たとえば、図7は前腕です。前腕での緊張線は前述のよう
に方向性がとくに2方向になっているようにみえます。回外時と回内時の
緊張線が異なるため運動にあった方向を緩めるほうが運動自体が大きくな
る。その緊張線を緩めた状態で筋収縮を起こして関節運動を生じさせれば、
皮膚と筋の間の中間位置が変化しやすくなる。あるいはこの緊張線自体が
運動を制限していることもある。たとえば、肩関節水平外転を大きくした
い場合があるとします。ベッドに仰向けに寝ていただいて、腕をベッドの
外にダランと垂らして伸ばしていただくと、肩の前方に突っ張る感じがあ
りますが、この場合は皺が寄るのは肩の裏側なので、そこを皺を伸ばして
あげればいいので、その上肢の裏側は指方向へ、表側は肩方向へ誘導した
い。その折り返し地点が指ですので、中指に背面から掌の側にテープを貼
ります。示指と薬指も含め中3本くらいに同じようにテープを貼ります。
手による刺激でもいいのですが。少し筋収縮を起こしてもらったほうがよ
いので、指の屈伸をしてもらいます。これだけでも、水平外転角度が変化
します。
−かなり違う。
福井:何か、突っかかりが取れる感じがあるんですね。抵抗がなくなるみ
たいな感じです。先ほどのエンダモロジーは手術後の瘢痕組織に用いるこ
とが可能ですが、フランスのいくつかの医療機関の理学療法部門をみせて
もらった際にもその傷が目立たなくなり、たしかにそれは地についた治療
になっていると思います。ただ、私はあまりそれ自体には興味がなく、エ
ンダモロジーだけでも筋肉の緊張が落ちますから、何人かスポーツ選手で
も驚いていました。「何ですか、これは?!」とか言って、自分で購入す
る人も出てきているみたいです。』
2011/07/28
・HSSRプログラムス主宰魚住先生のニューレターより転載させていただいております。
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